プロフィール

田園に囲まれた散居村の中で育つ。3歳時に心臓を手術し運動は控えながらも9歳の頃にソフトテニスと出会いテニスの楽しさを知る。
大学4年時には全日本学生ソフトテニス選手権で優勝。卒業後、地元で公務員(現南砺市役所)になり選手としては31歳まで全日本の
大会や国体などで活躍。引退後は中学生の指導者となるが選手時代に何度も「言葉」に支えられた経験から、不特定多数の人々を言葉で
力づけたいと思うようになり、書道経験ゼロから筆を持ち我流で人に言葉を書き始める。筆を持って1年後、公務員を辞職。活動は国内
及び海外にも広げ、書道団体には所属せず独学で自身の書を探求し続ける。

2010年 百貨店、ショッピングモール、イベントなどに出展
2012年 NewYork UNIONSQUER などで書下ろしパフォーマンス
2013年 Lomdon、Paris のストリートで書下ろしパフォーマンス、NY「ONISHI Gallery」日本人書家グループ展に出展
2014年 越中アートフェスタ2014 入選
2015年 satoshi 展(富山市民プラザ:富山県)、ARTFAIR TOYAMA2015 準グランプリ、神通峡美術展入選
2016年 satoshi 展(南砺市:富山県)、ARTFAIR TOKYO2016 出展(東京国際フォーラム)

H I S T O R Y

こんにちは。書家の片山諭志です。2010年3月に公務員を辞職し経験ゼロで書家の道を歩みだしました。一般的に考えたら、もったいない、何でまた・・・と思われることと思います。なぜ自分がそのように経験ゼロから書家になったのか?そのことを過去を振り帰りながらお伝えしたいと思います。

「テニスとの出会い」

1975年富山県南砺市。田園に囲まれた自然豊かな散居村の中で生まれ、育ちました。ただ、生まれつきの心臓病(心室中隔欠損症)により3歳時に心臓を手術。幼少期、大事をとって運動は控えながらも9歳の頃にソフトテニス(軟式テニス)に出会います。ボールを打つ事が楽しくて毎日家で壁打ちをするのが日課。5年生で県大会に優勝しメキメキ力を付けます。中学生での戦績は北信越大会止まり。高校ではインターハイ・国体に出場するものの全国大会では完敗。もっと強くなりたい。その思い一つでソフトテニス界の名門「日体大」に入学しました。全国から優秀な選手がゴロゴロ集まりとても厳しい環境でしたが1年の夏に早くも1軍入り。自分としては予想以上の展開にとてもうれしく、この勢いでさらにがんばっていました。しかし、そこから戦績が伸びずいつの間にか3年の夏が終わります。今まで日本一という目標を達成する為にずっと信じてきた事。それは、日本一練習し日本一テニスを考える人であること。その事を1年生の時から地道に重ねてきました。そして3年の秋、結果を求める事を手放したと同時にスランプを脱出。おもしろいように結果が出始め4年の春からは同級生のキャプテンとペアを組みチームの柱として活躍。関東学生、東日本学生と入賞を維持し、夏の全日本学生選手権(インターカレッジ)でついに全国735ペアの頂点に立ちました。その後も勢いは衰えず実業団、社会人も含む大会でもコンスタントに結果を出し続けナショナルチームのメンバーとして活躍しました。

書家 片山諭志 テニスとの出会い

もしも3年の時にあきらめていたら・・・そう思うと人生は何が起こるか分からないし、自分が本当に日本一になれた事はとても驚きです。そしてスポーツで大切な心技体の他に「運」を持つ事を強く思います。その「運」も心技体と同じように日頃の想いや取り組みで養われていくような気がしています。

「社会人として」

大学卒業後は、昔からの希望であった地元の福野町役場(現南砺市役所)に就職。ちょうどその3年後に地元で「とやま国体」が開催される事から富山県内のクラブチームに所属し、仕事の他はほぼ練習という生活でした。各地へ大会遠征、全日本選手権や国体などに毎年出場し2000年富山国体では主力選手として活躍し、その後は徐々に体力・技術の限界を感じ31歳で現役選手を引退しました。

「経験ゼロから書の世界へ」

引退後は母校中学生のコーチとなりますが、中々結果を出せずに悩みました。始めのうちは、生徒を直そう変えようばかりに目を向けていた自分に気づき、一人一人の力を引き出すコーチングについて学び始めます。また、あらゆる分野で活動している人に出逢いその話を聴く内に、世界や日本で起きている多くの社会問題に関心が向き始めました。自分がいかに世の中の事を知らなかったのかを痛感し、自分の人生についても深く考え始めた時です。

そして今以上に広く、世の中の役に立つ事を仕事にしていきたいと思い始めた頃、目を見て言葉を書き下ろす詩人に出逢いました。選手時代、言葉に力づけられた場面が多く、この活動にとても魂が震えました。そして自分も筆を持ち言葉を書き始めたのです。友人・知人へ一方的に書いて渡すと予想以上に喜ばれどんどん書く事が楽しくなりました。

「喜んでもらえる喜び」を感じもっと多くの人に言葉を書きたいという思いからついに商店街や駅地下に座り、道行く人に言葉を書き始めます。初めてのお客さんが来た時は手が震え、いつもと違う筆を間違って持ったにも関わらずその言葉にお客さんは笑顔で喜んでくれました。毎週末、書きに行くのが楽しみとなりこの活動を1年続けた結果、「人生は一度きりだ」やはり自分が一番やりたい事をやろう!と思い12年間勤めた公務員を辞職する事を決意。

2010年から書家satoshiとしての活動が始まりました。県内、県外のイベントや店舗などさまざまな場所で人に言葉を書き続け、独立3年目には単身で初のNYへ。1週間という短い滞在でしたがとても刺激が多く、市民の憩いの場として最も人気のあるユニオンスクエアという公園に座り、多くの方に言葉を書かせてもらいました。その翌年はロンドン、パリの観光地でも同じように様々な国の人に言葉を書いてきました。

書家 片山諭志 ニューヨーク・ロンドンでの活動

「個展開催」

書家と名乗る以上、さらに字を高めたいと思い活動2年目から独学で古典を書き写す「臨書」を続けています。その頃から書道展覧会にもちょくちょく足を運び色々な作品を鑑賞をするうちに自分でも大作を書いてみたいと強く思うようになりました。今までにない大筆、大きな紙、色々な墨。全てが初めての事でお店の人や知り合いの書道家に色々聞いて大作の制作を開始。

そして2015年。初めての個展を富山市民プラザアートギャラリーにて開催。準備に約2年かけ101点の作品を披露。3日間で500名以上のご来場を頂き、この個展をきっかけに2016年2回目の個展を開催。アートフェア富山2015では平面立体の部で準グランプリを受賞し、東京国際フォーラムで開催されたアジア最大級の祭典「アートフェア2016」に富山代表の作家として出展しました。

書家 片山諭志 個展

「書への探求」

世の中ではネット、SNSでのコミュニケーションが当たり前になり文字を書く事、話す事も昔よりどんどん少なくなってきてます。実際、自分もよく使っていて話す事はとても減ったと実感しています。そんな中、わざわざ筆と墨を使い言葉を書く「書」の魅力・価値は時代と逆行してどんどん高まっているような気がします。そのような時代の中で自分が書家として作品を後世に残せることはとても在り難く思います。今の時代の人はもちろん、数百年先の人が自分の作品を見る事をイメージし、自分にしか書けない「書」を今後残せるように。その書に出会うまでまだまだ探求の道を歩みます。

 

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